新事業の立ち上げ、海外展開、あるいは新たな顧客層へのアプローチ。
企業の次なる成長戦略を描く際、必ずと言っていいほど「マーケットリサーチ(市場調査)」が実施されます。

しかし、せっかく多大な時間と費用をかけて行ったリサーチが、結果として「経営判断を狂わせる羅針盤」になってしまうケースも見受けられます。
なぜそのような失敗が起きるのでしょうか?

本記事では、先入観がもたらす罠、そして現代のビジネスで多用される「インターネット調査」の限界と正しい使い分けについて解説します。

1. なぜ今、組織的な「マーケットリサーチ」が必要なのか

市場環境の変化が激しい現代において、勘や経験だけに頼った経営には限界があります。
特に、経営トップの卓越した「経験知」や「直感」に依存してきた企業が、次世代の経営体制へと移行し、組織的に再現可能な仕組みへと転換していくフェーズでは、客観的なデータに基づくマーケットリサーチが不可欠となります。

しかし、ここに大きな落とし穴があります。
リサーチを行う際、多くの企業が「ストーリーを先に立ち上げすぎる」という過ちから始めてしまうのです。

「ストーリー先行」の罠とは? 「こういう商品を作れば、海外の若年層にウケるはずだ」「このイベントで好評だったから、全国展開しても売れるに違いない」といった、担当者や経営陣の心地よい仮説(ストーリー)が先にあり、それを正当化するための証拠集めとしてリサーチを行ってしまう現象です。

仮説を立てること自体は間違っていません。
しかし、検証すべき仮説、最終的な意思決定、そしてそれを導くための調査手法がしっかりと切り分けられていないリサーチは、最終的に「面白い示唆が得られた」という自己満足で終わり、具体的な経営判断には全く直結しません。
最悪の場合、歪んだリサーチ結果に基づいた事業戦略を立ててしまい、投資判断を間違えてしまうことにも繋がります。

それでは「より正しい投資判断」を導くマーケットリサーチとは、どのように行えばよいのでしょうか?

2. 最初の一歩~自社が持つ「既存ルート」を徹底的に掘り起こす

効率的かつ実戦的なリサーチを行うためには、インターネット調査などいきなり外部の新規市場に飛びつくのではなく、「自社が現在持っている既存のルート」から始めることです。

特に、独自の加工技術や安定した生産能力、あるいは信頼性の高いB2Bの取引基盤を持っている企業であれば、足元にこそ最大のヒントが眠っています。

① 既存顧客への「用途開発リサーチ」

B2B企業の本丸は、単に「消費者が何を欲しているか」を調べることではありません。
自社の持つコア技術や素材が、「顧客企業のどの用途、どの業界、どの製品で採用される余地があるか」を掘り下げることです。

既存の取引先や見込み顧客の開発担当者へのヒアリング、サンプルの提案などを通じて、「既存ラインでそのまま使えるか」「他社製品から置換した際の歩留まりやコストは合うか」といった実務的なニーズを回収することが、最も確実な需要調査となります。

② グループ会社や既存取引先との「共創リサーチ」

自社だけでなく、グループ会社が持つ異なる技術や販路、あるいは既存の取引先のネットワークを横断的に活用します。

自社のショールームやスタジオに取引先を招き、アセットを組み合わせた試作品のテストやワークショップを行うことで、プロの目線を通じた確実な市場ニーズの調査と、新たなシナジーの創出を同時に行うことが可能になります。

3. 既存ルートに振り回される~先入観がもたらす「最悪のシナリオ」

このように、既存のルートを活用することは強力なアプローチですが、同時に「既存のルートに振り回され、先入観に縛られる」というリスクと隣り合わせです。
自社の課題を冷静に把握した上で、思い込みを排除してリサーチを行わなければ、前述の「最悪の事業戦略」を招きかねません。

ここからは、「食品製造業」を例に、具体的なビジネスシーンを想定しながら、既存ルートに基づくリサーチで注意すべき3つの「罠」についてお話します。

罠①:イベントや展示会での「好意的な声」を一般市場のニーズと誤認する

海外の展示会や、国内のB2C向け試食・体験イベントなどで得られる「面白いですね!」「美味しい!」というフィードバックは、非常に魅力的です。
しかし、ここには強いバイアスがかかっています。

展示会やイベントに来場する人は、もともとそのジャンル(健康食や新素材など)に関心がある層に偏っています。
「実際に定番棚に並ぶか」「継続発注されるか」「競合を押しのけてまでその価格で買われるか」は全くの別問題です。
一過性の評価を一般市場の縮図と捉えると、商品開発の方向性を完全に見誤ります。

罠②:B2C/D2Cの「認知・ファン獲得」を大きく見すぎる

B2Bの食品製造企業がブランディングやEC強化のためにB2Cへ参入する際、最初から「若年層のファン開拓」といった壮大なテーマを掲げがちです。
しかし、自社の本質が素材や業務用品にあるとしたならば、B2Cは「主戦場」ではなく「B2Bの信用形成やブランド認知を補完するための施策」と割り切ることも必要です。

まずは先入観を捨てて、「どの食品カテゴリであればECで確実に利益が出るか」「B2Bの商談を有利にするために、どのようなB2Cの実績が必要か」という実務的な視点に絞って考えてみましょう。

罠③:「消費者の声から生まれた商品」や「著名レストランとの共同開発」などというストーリーを最優先してしまう

例えば、「有名シェフのいるレストランとの共同開発」、あるいは「消費者の生の声から生まれた」という開発ストーリーは、ブランドの価値を高め、発売時のメディア露出や初期の話題化には有効です。

しかし、こうした華やかなストーリーや話題性(PR要素)をリサーチや開発の中心に据えすぎると、事業としての継続性を失う原因になります。

食品ビジネスにおいて何より重要なのは、「年間を通じて安定した品質・量で原料を調達できるか」「既存の製造設備でそのままラインを回せるか」「妥当な原価に収まり、消費者がリピートするか」です。
製造現場のリアルな制約やコスト検証、あるいはターゲット層の日常的なリピート性のリサーチを欠いたまま、「あの有名店が認めた味」「消費者が求めた理想の商品」という前提だけだと、利益率の低い商品や、一過性のブームで終わることになりかねません。

4. インターネット調査は「使いものになる」か?

現代のマーケットリサーチにおいて、低コストかつスピーディに大量のデータを集められる「インターネット調査」は非常にポピュラーな手法です。
しかし、決して万能ではありません。例えば、食品ビジネスにおいては、「有効な領域」と「全く機能しない領域」が極めてはっきりと分かれます。

一般消費者を対象とする家庭用食品の領域では、インターネット調査は大きな威力を発揮します。
具体的には、新商品の初期認知や購入意向の確認、健康志向、アレルゲン対応などに対する消費者セグメントの把握に向いています。
また、複数のパッケージデザインや商品名、訴求コピーを提示してどれが最も買いやすいかを比較するスクリーニングや、消費者が「買ったものの、レシピや使い方が分からなくて使い切れない」といった家庭内での使用ハードル(不満)を抽出するのにも有効です。

一方で、製パン・製菓・食品メーカー向けの業務用商品やB2Bの用途開発において、インターネット調査はほぼ役に立ちません。
なぜなら、一般の調査モニターに尋ねても、製造現場のリアルなニーズは分からないからです。
B2Bの買い手が見ているのは、原価、最低発注ロット(MOQ)、製造適性、既存ラインでの扱いやすさ、冷凍耐性や賞味期限、供給の安定性などです。
これらは一般的なネット調査では汲み取れないため、企業への直接ヒアリングや試作会、展示会での商談面談を重ねる必要があります。

ネット調査で何をどう聞く?

ネット調査を活用する際、「この新商品を買いたいですか?」という単純な質問は厳禁です。
食品の調査では、実際には買わない人も「買いたい」と答えがちだからです。

「この商品がスーパーの棚に税込498円で並んでいた場合、実際に購入するか」
「普段買っている類似商品はいくらか」
「レシピが付いていれば使い切れると思うか」

など、価格・売場・競合・使用シーンを具体的に縛って質問することが、経営判断を誤らないための鉄則です。

5. 成果に直結する5つのリサーチ手法

「先入観を排除して」成長戦略へ確実に繋げるための具体的な調査手法5つご紹介します。

  1. B2B用途開発調査
    既存顧客および見込み顧客(例えばB2B食品製造業なら、B2C食品製造業、惣菜・中食企業、外食・カフェなど)の製品開発担当者への直接ヒアリング、用途別サンプルの提案、および既存の配合ラインに自社素材を置換した際の歩留まり・食感・冷凍耐性の実証テスト。
  2. 海外市場調査
    国別の規制、認証要件(ハラール、オーガニック、アレルゲン規制等)の事前の机上整理、現地ディストリビューターや小売バイヤーへの取扱条件(MOQ、物流、価格受容性)のヒアリング、および現地のECや日系スーパーを活用した小ロットのテスト販売による再購入率の検証。
  3. B2C・EC調査
    公式ECサイトやモール型店舗の購買データ・顧客レビューの分析、SNS上の口コミや検索キーワードの投稿分析、および購入者を対象とした「調理プロセスにおける離脱ポイント(使い切れるか、継続するか)」を追跡するアンケート調査。
  4. 競合・価格調査
    主要な小売店頭およびECサイトにおける競合商品の棚調査(容量、価格帯、パッケージ、レシピ提案力の比較)、および業務用競合メーカーのスペック(認証、業務用対応力、技術提案力)の比較分析。
  5. グループ・組織シナジー調査
    グループ各社の製造設備、加工技術、余剰能力、および保有する既存顧客・販路の棚卸しと、それらを組み合わせた新商品・共同営業テーマを策定するための社内共創ワークショップの実施。

まとめ

次なる成長戦略を成功に導くマーケットリサーチの本質は、心地よい仮説を正当化するための「証拠集め」ではなく、経営判断の羅針盤を正しく機能させることにあります。投資判断を誤らない再現可能な仕組みを構築するために、リサーチにおいては以下のポイントを常に連動させることが重要です。

  • 足元アセットの深掘り: 新規市場へ闇雲に飛びつく前に、自社のコア技術や既存の顧客・グループネットワークを徹底的に掘り起こし、潜在的な用途やシナジーを追求する。
  • 先入観とバイアスの排除: 展示会での一時的な好意の声や、華やかな共同開発ストーリーに振り回されず、安定調達、製造設備の制約、原価やリピート性といったリアルな実務・コスト検証を直視する。
  • 手法の適切な使い分け: インターネット調査は一般消費者の認知や不満を抽出する家庭用領域において強力な武器となる一方、実務的条件が絡むB2B・業務用領域では機能しないという限界を理解し、直接ヒアリングなどと使い分ける。

自社の持つ強みを前提に置きながら、思い込みを排除した冷静なリサーチを設計・実践すること。5つの手法をバランスよく組み合わせ、客観的なデータを積み重ねていくことこそが、次なる成長戦略の原動力となることでしょう。